魔性ノ薫リヲ感ジナガラ
まだ十年も経っていないのに、
既に忘れかけていた日々。
その扉は、
一言のキーワードが耳に届いてから、
瞬く間に思い出された。
あの冬に渡せなかったプレゼントと、
貰ってからずっと大切にしていたのに、
この旅で壊れてしまった想い出の品。
もうあの人は幸せになったのだから、
いつまで引っ張っていても仕方ない以上、
処分してしまわないとと思っていたんだ。
もう後戻りできない道を選んでしまったのだから…
*
そんなときに限って、
この薫りはふと私の目の前に現れてしまうからこそ、
きっと魔性の薫りなのだろう。
人はなぜ同じ薫りを嗅げば過去を想い出し、
そこに引き寄せられてしまうのか…
でも今回に限っては、
負けたときのために用意されたクッションのようで、
生き存えるための贈り物にすら感じるようになる。
神様の悪戯にまた引き込まれてしまったみたい。
これ以上一緒に居たら、
今の順序が逆転してしまう…
それでもいいの?と、
電波の届かない場所で空を見上げながら、
心の何処かで戸惑っている…
*
実はもう魔性の薫りの効力は無くなっていて、
気付けば自ら選んだ道にまっすぐ歩いていた。
そちらが、
真の『香り』となりつつあったことを
悟った瞬間だったのだ。
魔性も魔法も所詮はお伽話で、
心を無意識のうちにコントロールするために創られた
身を守るためのいわばシールド…
そして同時に此処まで歩いてくるために、
通らなければいけない道をきっちりと誘導してくれた
いわばナビゲーターであった。
ようやく心の底から、
『ありがとう』が言えるときが来た。
きっとそういうことなのだろう…
*
後戻りできない道に、
なんでそんなに心が戸惑っているのだろう?
その答えはわからないけれど、
五分五分あるかどうかすらわからないけれど、
最後の勝負に出ようと決めた。
その未来がどうあろうとも、
それが人生のような気がするから…
*
ほのかな香りだけを残しては、
明るくなり始めた雪の降る早朝に出発をただ見送った。
次に逢うとき、
どんな顔をして笑っていられるのだろう?
考えれば考える程に戸惑ってゆく。
あの日々がずっと続けばよかったのにと、
白夜ではない28時半の薄暗い空を見上げながら…
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